INNER PASSAGE INNER PASSAGE

「生まれ育った街、東京をずっと撮りたいと思っていた。20代の多くの時間を遠く海外にでかけ撮影に費やす中で、この街の特異さをいつしか意識するようになっていた。

街の中心に空のように存在する皇居と、それを取り巻くようにして走る山手線と地下鉄たち。隙間という隙間を埋めて建てられ続けるビルたちのスカイクレイパーと、さらにその隙間をぬって蛇のように走る首都高速道路群。

なにかひとつの視線が、アイデアがあれば、東京の街の景色を切り取れる。そんな予感だけをひきずりながら、暮らしていたある日、アラスカでのシーカヤックによる撮影から帰国したばかりの僕は、その当時住んでいた江戸川橋の下を流れる神田川を見つめて、ふと思う。

「この水の流れにカヤックで流されていったらどうなるのだろう?どんな景色が待っているのだろうか?その視線から東京の街を眺めたら一体どんな風に見えるのだろう?」

次の日には早速、コンクリートの岸壁から非常階段をつたって神田川に降りてみる。非常階段を握りしめる手が、興奮で震えている。ふと、子供の頃にはよくこんな体験をしていたなあと思う。

階段の下でカヤックに乗り込んだ途端に、視線は街の下で遥か遠くまで伸びていき、僕は街の景色のその先のそのまた先に、どんどんと流されていく。

30年来、見慣れていたはずの街が、カヤックに乗り込みながら眺めただけで、新しい姿で僕の目に迫ってくる。流されていくその景色は、東京という名の紙芝居のようだった。これは東京が水面に隠し持っていた物語なのだ。

飯田橋から水道橋、お茶の水を超えて秋葉原の方まで流されては、手にしたパドルで漕いで行く。聖橋を超え、万世橋を超えると隅田川はもうすぐだった。」

 

エスプレ / 2008年8月 / ISBN 978-4903371870 / 308x254x12mm / デザイン: 峯崎ノリテル / 現在絶版

Espre,Inc / 2008.8 / ISBN 978-4903371870 / 308x254x12mm / Design: Noriteru Minezaki / Out of print